大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1102号 判決 1967年1月20日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、

被控訴代理人において、

被控訴人は昭和四〇年三月二五日到達の書面をもつて控訴人滝原産業株式会社(以下控訴会社と略称する)に対し、原判決添付別紙物件目録(一)記載の家屋(以下本件家屋と略称する)に対する賃貸借の解約申入をなした(本件訴状送達により賃貸借解約の申入をなしたとの従前の主張は撤回)。右解約申入に具備すべき正当事由は次のとおりである。被控訴人は本件家屋を自ら使用する必要がある。これに反し、控訴会社の賃借権は既存の抵当権の実行を妨害する目的で設定された不徳義なもので、被控訴人としてはかかる賃貸借を継続することに耐えないものである。なお、控訴人藤田靖二(以下控訴人靖二と略称する)は本件家屋に自己の荷物を置いて、その全部を占有していると陳述し、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、

控訴人等代理人において、

被控訴人が昭和四〇年三月二五日到達の書面をもつて控訴会社に対し、本件家屋賃貸借の解約申入をなしたことは認めるが、右解約申入が正当事由を具備するとの点を争う。控訴人靖二は本件家屋に対する占有の事実を争うのみで、その余の被控訴人主張事実はすべてこれを認める。控訴人靖二は本件家屋を占有していないと陳述し、当審における控訴人藤田靖二本人訊問の結果を援用し

たほか、原判決事実摘示(ただし、五枚目裏六行目「乙第一乃至第八号証」とあるを「己第一乃至第八号証」と訂正する)と同一であるから、これを引用する。

理由

一、先ず控訴会社および控訴人藤田津〓子(以下控訴人津〓子と略称する)に対する請求について判断する。

本件家屋がもと訴外協栄商事株式会社(以下訴外会社と略称する)の所有であつて、訴外会社が昭和二八年九月一日被控訴人に対し本件家屋に抵当権を設定し、同月二二日その旨の登記を経由したこと、被控訴人が右抵当権の実行として神戸地方裁判所に競売を申立てた結果、昭和三三年七月八日競売開始決定があり、昭和三四年八月二六日被控訴人に対し競落許可決定があり、被控訴人は競売代価を完済して本件家屋の所有権を取得したこと、控訴会社が本件家屋を占有していることおよび控訴人津〓子が本件家屋のうち原判決添付別紙物件目録(二)記載部分(以下(二)の部分と略称する)を占有していることは当事者間に争ない。そして、成立に争ない戍第一号証、原審における控訴会社代表者および控訴人靖二の各本人訊問の結果を総合して成立を認める戍第二号証、原審における控訴人津〓子本人訊問の結果によつて成立を認める己第五および第八号証に原審における控訴人靖二、同津〓子両名および控訴会社代表者各本人訊問の結果を総合すると、訴外会社は昭和三三年四月二二日訴外岡川健二に対し本件家屋を期間の定なく、賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は転貸し得る旨の特約を付して賃貸してその引渡を了し、昭和三七年二月二一日控訴会社が右特約に基いて訴外岡川から右賃借権の譲渡を受けたこと、控訴会社は訴外会社の債権者で自己の債権の弁済にあてる意図の下に賃借権の譲渡を受けたものであること、控訴人津〓子は控訴人靖二の妻であつて、昭和三三年四月二二日訴外岡川から(二)の部分を転借し、後に控訴会社がその転貸借を承諾したことが認められる。かくして以上の事実によれば、訴外会社が訴外岡川に対し、本件建物を賃貸し、その引渡をなしたのは当事者間に争ない抵当権設定登記の日(昭和二八年九月二二日)の後であることは明かであるが、右賃貸借は期間の定めのない建物賃貸借であるから、民法三九五条にいわゆる短期賃貸借に該当し、賃貸家屋の引渡がなされた以上、右賃貸借をもつて抵当権者(競落人)に対抗し得ると解するのが相当である。従つて控訴会社は被控訴人に対し、前認定の本件家屋賃貸借を対抗し得るというべきである。

被控訴人は仮りに控訴会社が被控訴人に対して右賃借権を対抗し得るとすれば、被控訴人は昭和四〇年三月二五日到達の書面をもつて、控訴会社に対し、自己使用を理由に賃貸借の解約申入をなした。右解約申入は借家法第一条の二にいわゆる正当事由を具備するから、本件賃貸借は該書面到達後六ケ月の経過とともに消滅したと主張し、被控訴人のなした右解約申入の意思表示がその主張の日に控訴会社に到達したことは当事者間に争ない。思うに期間の定のない建物賃貸借が民法三九五条の短期賃貸借に該当するとしても、抵当権の実行により建物を競落した者が賃貸借の解約申入をなす場合においては、民法三九五条の短期賃貸借の制度の趣旨は前記「正当事由」の存在を認定する上において極めて有力な資料とすべく、いやしくも抵当権の不当なぎせいにおいて賃借権を保護することになつてはならない。かような観点から、正当事由の存否について判断するに、当審における被控訴会社代表者本人訊問の結果によると、被控訴会社としては、本件家屋が姫路と三宮の中間にあつて三宮の食糧事務所へ行くにも都合がよいので、社宅や連絡場所として使用する希望であることが認められる。これに反し、控訴会社が訴外岡川から本件賃借権の譲渡を受けたのは、訴外会社に対する債権の弁済にあてる意図の下になされたものであつて、現実にこれを使用しておらず、しかも該賃借権はその成立後その解約申入のなされた昭和四〇年三月二五日までの間すでに七年近くの期間を経過していることは前段認定のとおりである。そうだとすれば、右解約の申入は正当事由を具備するというべきであるから、本件賃貸借は解約申入の意思表示が到達した昭和四〇年三月二五日から六ケ月の経過とともに消滅したものとする。従つて控訴会社は被控訴人に対し、他に占有権原の主張立証のない以上、本件家屋を明渡すべき義務がある。

また控訴人津〓子は本件家屋のうち、(二)の部分を控訴会社から転借していることは前認定のとおりであるが、その基礎をなす控訴会社の賃借権が解約申入によつて消滅した以上、右転借権をもつて、被控訴人に対抗し得ないことは明かであるから、所有者たる被控訴人に対し、その占有にかかる(二)の部分を明渡すべき義務がある。

二、次に控訴人靖二に対する請求について判断する。

控訴人靖二は本件家屋の占有を否認しているから、その占有の存否について按ずるに、成立に争ない甲第一号証と原審証人丸山幸雄の証言によると、被控訴人は本訴提起に先立ち、控訴人靖二に対する本件家屋明渡請求権保全のため、昭和三七年三月七日同控訴人に対する仮処分命令に基き本件家屋に対するいわゆる執行吏保管現状維持の仮処分をなしたが、当時本件家屋には「藤田」なる標札が掲げられており、控訴人靖二に対する右仮処分命令は別段異議の申立等もなく執行されたことが認められ、控訴人靖二が被控訴人の本訴請求を争い、本件家屋の明渡を拒んでいることは弁論の全趣旨に徴して明かであるから、本件家屋は控訴人靖二の占有にあるものと認めるのが相当である。もつとも、成立に争ない丙第一、二号証によれば、控訴人靖二は昭和三二年八月一四日当時神戸市葺合区生田町一丁目二二番地に居住し、昭和三七年四月二〇日同所から神戸市生田区山本通一丁目三六番地の現肩書住所に転入した旨の住民票の記載の存することが認められ、右記載によれば、控訴人靖二は少くとも昭和三二年八月一四日頃以降本件家屋に常住していないことが推知されるけれども、後記認定事実と対比すると、右の事実のみをもつては未だ前示認定を覆えすに足らない。すなわち、原審ならびに当審における控訴人藤田靖二、被控訴会社代表者苦瓜五郎各本人訊問の結果を総合すると、控訴人靖二は本件家屋の前所有者で抵当権設定者でもある訴外会社(この点は争いがない)の代表者として、抵当権設定後訴外岡川に本件家屋を賃貸した当の本人であつて、予て本件家屋を住所として妻子とともに居住していたが、昭和三〇年頃から訴外会社に対する債権者の追及が漸く厳しくなるにつれて、その追及を避けるためもあつて、その頃から家族を残置したまま独り本件家屋を出て転々と居所を変えているのであつて、その妻である控訴人津〓子は、控訴人靖二が本件家屋に賃借権を設定した後は、訴外岡川から、後には控訴会社から(二)の部分を転借した形になつているけれども、ともかく子供とともに本件家屋内に居住して、控訴人靖二も、控訴人津〓子と離別したわけではなく、現在でも月に一回位は妻子の居住する本件家屋に帰つていることが認められるから、控訴人靖二が前認定のごとき事情から本件家屋を出て諸所を転々としているとしても、それは単に居所を変えたに過ぎず、従前の住所たる本件家屋に対する同人の占有がこれによつて全面的に消滅したものとは断じえない。

ところで本件家屋が被控訴人の所有であることは控訴人靖二の認めるところであつて、被控訴人に対抗し得る占有権原について別段の主張立証がないのであるから、所有者たる被控訴人に対し本件家屋を明渡す義務がある。

右の次第で、所有権に基く妨害排除として、控訴人等に対し本件家屋の全部又は一部の明渡を求める被控訴人の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容した原判決は結局正当で本件控訴は理由がない。

よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例